頻回インスリン注射(強化インスリン療法)とインスリンポンプ療法の違いとは?
インスリンポンプ療法とは、「皮下に、持続的に、インスリンを注入することができる機械」のことです。
頻回インスリン注射(強化インスリン療法)も、皮下にインスリンを注入することにより、効果を発揮します。
どちらもヒトの生理的なインスリン分泌パターンを模倣して作られていますが、インスリンの注入方法として、どこが違うのでしょうか?
特に、夕食後から翌日の朝食までの時間は、1日のほぼ半分(約12時間)になります。この時間帯の血糖値を安定させることがHbA1cの改善に効果があります。この観点で、就寝中の血糖値を適切なレベルに維持することが重要です。インスリンポンプを使うことで、これを実現できます。
インスリン製剤は、ヒトの生理的なインスリン分泌パターンを模倣して作られています。
したがって、インスリン治療について知るためには、この生理的なインスリン分泌について知る必要があります。
膵臓のβ細胞から分泌されるインスリン分泌には、①基礎分泌と②追加分泌の2つがあります。
ご飯やおやつを食べたり、ジュースを飲んだりした時に、血糖が上昇しはじめたタイミングで速やかに分泌されるインスリンの事です。
血糖が下がってくればインスリン分泌は速やかに消失しますので、基礎インスリンのように1日中分泌し続けているわけではありません。
さっと出て、さっとなくなるインスリンです。
この働きにより、食事などで摂取した糖はうまく使われますし、血糖値も上がりすぎません。
1日中持続して分泌されるインスリンの事です。
何も食べなくても、この基礎インスリンは休むことなく出つづけます。
逆に言えば、すい臓からのインスリン分泌が高度に低下している1型糖尿病の患者さんでは、食事をとらなくても、基礎分泌を補うインスリンを外から補充することが必要になります。
この基礎インスリンは、1日中同じペースで分泌されているわけではありません。
実は、多くの患者さんで、明け方~午前中に多く、真夜中は少なめの傾向があります。特に子供さんや思春期では、この傾向が顕著になります。
これを、少し頭の片隅に置いておいて下さいね。
頻回インスリン注射で使用するインスリン製剤は、①と②の2種類を使用します。
この2つを組み合わせて、ヒトの生理的なインスリン分泌に近い形でインスリンを補います。
① 作用時間の短いインスリン(超速効型、速効型インスリン)
→食事やおやつのたびに注射します。追加分泌を補うインスリンです。
② 作用時間の長いインスリン(持続型インスリン)
→1日1回注射します。基礎分泌を補うインスリンです。
この2つを組み合わせて、図のようなインスリン分泌のパターンを作るのですね。
一方、インスリンポンプで使用するインスリン製剤は、1種類のみです。
機器には、数日分のインスリンを入れておく小さなタンク(リザーバー)がありますが、そこに入れることができるインスリンは1種類のみです。
一般には、インスリンポンプでは、超速効型インスリンを使用します。これはインスリン注射で使用する超速効型と全く同じものです。(従来のものよりさらに効果発現が早い、新しい超速効型インスリンも使用できます)。
インスリンポンプでは、この1種類のインスリンで、追加分泌も、基礎分泌も補うのです。
追加インスリンは、基本的にはインスリン注射と一緒です。食べる前に注入ボタンを押してインスリンを投与します。
では、持続的に分泌されている「基礎分泌」を、短い作用時間のインスリンを使って、どのようにして補うのでしょうか?
超速効型インスリンが入る速度を時間ごとに変えながら絶え間なく注入して、その人に最も合った基礎インスリン分泌のパターンを作るのです。
頻回インスリン注射にはない、インスリンポンプの強み、メリット、デメリット、そして日本で使用できるポンプの種類について
基礎インスリンは、1日中同じペースで分泌されているわけではない。これが、一つ目のポイントになります。
インスリン注射では、1日に1回注射する持続型インスリンは、フラットな効果を発揮するので、それぞれの患者さんの特徴に合った基礎インスリンパターンを再現することは難しいのです。
一方、インスリンポンプでは、短い作用時間のインスリンを使用するので、時間毎にインスリン注入量を変えることで、その人に合ったパターンに限りなく近づけることができます。
日本人における時間ごとの基礎インスリン必要量
(J Diabetes Invest 5: 48–50, 2014)
血糖コントロールの極意は色々あるのですが、コントロールが良い人に共通していることのひとつは、インスリンをこまめに打っていることです。
カーボカウントを行って正しく炭水化物の見積もりを行い、活動量、月経周期、体調などを考慮して、細かくインスリンを調整しても、予想外に血糖が上がってしまうことや下がってしまうことは、誰にでも、比較的頻繁に起こることです。
そして、上がってしまった血糖に対しては補正インスリンを投与しないと下がりません。
この時に補正するインスリンを投与することは、血糖を良好に保つうえで非常に重要なことです。
この点では、インスリンポンプは有利です。
いちいち肌を出して、注射と針を用意して打たなければならないペン型インスリンと違い、ポンプはボタンを押すだけで注入できます。外出先や人前でもインスリンが投与しやすいですね。
ポンプに連動する持続血糖モニターを装着すれば、低血糖になる前に、インスリン注入が自動的に中断される機能が使用できます(図の赤線の部分)。
また、高血糖時や、血糖が急激に上がった時にも知らせてくれるので、早めの対処が可能です。
食事の時にボーラスインスリンを打ったけど、血糖が思ったより上がってしまって、補正インスリンを打ちたい!
でも、前に打ったインスリンの作用と重なって、補正インスリンを打ったらさかりすぎちゃうかも、、と心配になることはありませんか?
こんな時にも、まだ作用せず体内に残っているインスリンの単位(残存インスリン)を機械が予測して、その分を差し引いて補正インスリンを注入することができます。
ポンプでは0.025単位(パッチ式ポンプは0.05単位)刻みで調整が可能です。
インスリン注射は最少0.5単位刻みでしか調整できません。
細かく調整できることは、よりよい血糖コントロールにつながります。
これは、ポンプの大きなメリットです。
妊娠中は、経過に伴いインスリン必要量が急激に変化します。また、胎児の正常な発育のために、通常よりも厳格な血糖管理が求められます。
糖尿病合併妊婦さんでは1日6回程度の分割食が必要になりますので、最低でも1日6回、補正インスリンも合わせると10回以上のインスリン注射が必要になることが多いです。
このような状況では、インスリンポンプによる血糖管理が望ましい場合が多いです。
もちろん、妊娠中もインスリン頻回注射で良好に血糖管理される患者さんも、多くいらっしゃいますので、「妊娠中は必ずポンプ療法!」ということはありません。ただし、一度はポンプ療法について考えておくべきだと思います。
インスリンポンプのデメリット(インスリンポンプにかかる医療費)
■1)インスリンポンプにより医療費負担が増える
■2)ポンプ刺入部(カニューレ部位)や、CGMの固定テープのかぶれ
■3)ポンプ閉塞の可能性がある
詳細に解説します。
大きなデメリットはこの一つのみです。
インスリン治療にかかる1ヶ月あたりの医療費の自己負担額について、大まかな目安をまとめました。
上表にあるように、インスリン注射(ペン型インスリン治療)から、インスリンポンプに変更することにより、3割負担の方では9,000円程度高くなっています。
但し、注射針や、使用するインスリン容器の違いにより、インスリンポンプ療法の場合は薬局で支払う額が1,500~2,500円程度(3割負担)安くなることが多いので、実際には7,000円程度の差になることが多いです。
(あくまで概算であり、インスリン製剤の種類、使用量や治療内容により異なります!)
SAP療法(持続血糖測定器:CGMを使用する場合)により、さらに10,000円程度の医療費がかかります。
※但し、20歳未満の患者さんでは、小児慢性特定疾病の医療費助成制度が適用されますますので、医療費負担が減額されます。
皮膚が弱い、デリケートな方では、このかぶれ(接触性皮膚炎)に悩まされることがあります。製造メーカーもシールの改良に力を注いでいますが、現時点では治療に伴うデメリットの一つです。
但し、皮膚トラブルを回避、軽減するための色々な方法がありますので、皮膚トラブルのためにポンプ療法を中止せざるを得ない方は非常に少ないです。
これはデメリットではなく、ポンプを使用する上で最も重要な注意点になります。
ポンプ閉塞(チューブが詰まった)時には、インスリン注入がストップするので、気づかない、または放っておくと糖尿病ケトアシドーシス発症のリスクが極めて高くなります。
但し、患者さん自身が血糖測定やグルコースモニターをきちんと行っており、ポンプ閉塞の予防や閉塞時の対応についての指導とトレーニングができていれば、大事に至ることは決してありません。
最後に、
もちろん、頻回インスリン注射で良好な血糖コントロールを保っている患者様も多くいます。
しかし、インスリンポンプは、質の良い血糖コントロールが達成できる素晴らしい機器です。
頻回インスリン注射による治療で血糖コントロールが今一歩と悩んでいる患者様や、低血糖が多く困っている患者様などでは、インスリンポンプ療法は、ぜひ一度考えて頂きたい治療法です!
1型糖尿病の患者さんがよりよい毎日を過ごせるよう、各々の方が最適な治療法に出会えるとよいと思います。