糖尿病の観点から見たガンの予防法
糖尿病とがん、一見すると全く別の病気のように思われますが、実は密接に関連していることが近年の研究によってわかってきています。
糖尿病というと、高血糖によって血管にダメージが及んで動脈硬化が進み、心筋梗塞や脳卒中を起こしたり、腎不全になって透析生活を余儀なくされたりする、といったようなイメージがある方が多いことと思います。実際にそうした合併症によって命を落とすことも、糖尿病でない人に比べれば明らかに多いのですが、実は糖尿病の方において動脈硬化性疾患は最も多い死因ではありません。
実は、糖尿病の方の死因の統計をとると、糖尿病の方のうち約4割の方ががんで亡くなっているのです。日本人全体で見た場合に、がんで亡くなる方は約3割ですので、糖尿病の方はそうでない方に比べてがんのリスクが明らかに高いことがわかります。
糖尿病の相対がんリスクは、全がんが1.19倍、部位別には肝臓がん1.97倍、膵臓がん1.85倍、大腸がん1.40倍と有意に増加することが発表されています。福岡県糖尿病患者データベース研究 (Fukuoka Diabetes Registry, FDR)では、新規のがんは457人に発症し、男性では前立腺が一番多く、大腸、胃、肺の順で、女性では大腸が一番多く、胃、乳房、肺の順でした。
前立腺がんは米国移住の日本人2世、3世で増加するという有名な疫学調査があり、動物性脂肪の摂取増加、肥満、生活の欧米化が前立腺がんの増加と関連するとされています。しかし、海外の疫学調査で前立腺がんは糖尿病患者では非糖尿病者より低頻度とする報告が多く、我が国でも糖尿病患者には前立腺がんは少ないという誤解があります。しかし、人口の高齢化とPSA (prostate specific antigen)検診の普及に伴い、前立腺がんが急増しています。前立腺がんは低悪性度のタイプが多いとはいえ、がん死因の第6位ですので、注意が必要です。
また、2型糖尿病患者では、罹病期間が長いほどがんの発症率が高く、罹病15年以上の患者は、15年未満の患者に対して、男性で1.6倍、女性で1.8倍になるとの報告もあります。
糖尿病の方で、がんリスクが高まる理由としては、血液中のインスリン濃度が高いこと、血糖値が高いこと、炎症などが関与すると考えられています。
2型糖尿病の方の多くは、インスリンが効きにくくなっているために血液中のインスリン濃度が高くなっています。血液中の過剰なインスリンは発がんに関与する可能性があると考えられています。ただし、インスリン注射により発がんが増えることは否定されています。
高血糖は酸化ストレスを起こし、DNAのダメージが起こりやすくなることもがん発生のリスクを高めることになっています。
2型糖尿病の方では、無症状ですが全身に慢性的な炎症がみられると言われます。慢性の炎症は、発がんのリスクと考えられています。
こうしたこと以外にも、さまざまな側面で、がんと糖尿病は関わっていることが知られています。
特に2型糖尿病の方は肥満を合併していることも多いですが、この肥満そのものも、がんと関連している可能性があります。
肥満になると、脂肪細胞に慢性的な炎症が起こりますので、アディポカインと呼ばれる種類のさまざまな物質が産生されます。
この産生されたさまざまな物質が、細胞の増殖、転移、浸潤、血管新生などを起こすことでがんを増殖させるというメカニズムです。
肥満によるインスリン抵抗性の上昇はインスリン様成長因子1(IGF-1)の活性を上昇させ、活動型エストロゲンを増加させます。エストロゲンは脂肪細胞でも生産されるため、肥満者はさらに活性型エストロゲンが増える循環に陥ります。
こうした過剰になったエストロゲンが要因となり、乳がんや子宮内膜がんが増加する可能性が指摘されています。
血糖値が高いと、免疫細胞である白血球の働きが低下することが知られています。糖尿病を持っていると傷が治りにくいとか、重篤な感染症にかかりやすいということは聞いたことがあるかもしれませんが、免疫細胞はがん細胞をやっつける働きもあります。しかし、血糖値が高くうまく機能を発揮できないと、がんが免疫系をすり抜けて増殖してしまうことにつながる可能性があります。
実際、肥満や運動不足、食習慣(高カロリー、高脂肪、低繊維)、アルコール多飲、社会経済活動などは、糖尿病とがんに共通するリスクファクターであり、糖尿病を予防するための行動が死亡率やがん発症率を低下させることがわかっています。
では、糖尿病治療とがんの関連はどうでしょうか?糖尿病治療薬であるメトホルミンという薬は、肝臓、骨格筋、脂肪組織、そして膵臓に作用し、さまざまな機序により抗がん作用をもたらす可能性があると考えられています。メトホルミンを用いて糖尿病治療を行った場合、他の経口血糖降下薬、特にスルホニルウレア(SU)薬などのインスリン分泌刺激薬やインスリンによる治療の場合と比べて、さらには、無治療の場合と比較しても発がんリスクが低下することが報告されています。メトホルミン使用患者のがんによる死亡は、非使用の糖尿病患者に対して0.66倍、総がん発生率が0.68倍、大腸直腸がんでは0.20倍、肝細胞がんや肺がんでは0.67倍に減少するとのデータや、乳がんでは、術前化学療法の効果を高め、メトホルミン非使用糖尿病患者群・非糖尿病患者群と比較し、メトホルミン内服の糖尿病患者群が病理学的完全奏効率が優位に高い(再発や転移が減り予後がいい)との報告から、メトホルミンにがんの発症や進展の予防効果があることも示唆されています。メトホルミンはAMPキナーゼを活性化させ、肝臓に作用し糖の放出を抑制して血糖値を下げる働きがあり、その効果を期待して糖尿病治療に用いられます。一方、AMPキナーゼが活性化することで、副次的にmTOR経路(エムトール経路)を介してタンパク質の合成や細胞分裂を抑制することで、抗腫瘍効果を発揮するという効果があることも明らかにされています。
近年、糖尿病の治療薬のひとつであるメトホルミンについて、服用者は非服用者と比較してがんの発生が低いという報告が複数あり、特に大腸がんに関しては、予防効果を示唆する報告が多数出ている。横浜市立大学先端医学研究センターの中島教授らのグループは、以前よりこのメトホルミンに注目して、大腸発がんモデルマウスに投与すると大腸腫瘍が抑制されること、ヒトの直腸に存在する前がん病変のマーカーが減ることを報告している。
大腸ポリープを内視鏡切除し、ポリープが無い状態になった患者に、メトホルミン250mgもしくはプラセボを無作為に割り付け、合計151名の患者を対象に試験を実施。1年後の内視鏡検査において、大腸前がん病変である腺腫の新規発生/再発率はメトホルミン群では32%であったのに対して、プラセボ群では52%であり、メトホルミン服用によりポリープの再発が40%も低下するという結果を得た。また、試験期間中にメトホルミン服用で重篤な副作用を認めた患者はいなかったという。
大腸腺腫/がんを切除した患者はその後にも腺腫やがんが発生する可能性が高いことが報告されており、そのような患者を対象に予防薬の内服をすることにより、内視鏡の負担や将来の疾病リスクを減らすことができる可能性がある。
がんは昔は不治の病と考えられていましたが、現在では、早期発見できれば、完治する事が多いです。厚生労働省では、胃・子宮頚部・乳房・肺・大腸についてのがん検診を推奨しています。
がんの早期発見のために、ご自分がお住まいの地域でのがん検診を定期的に受けましょう。また、かかりつけの主治医をお持ちの方は、糖尿病の検査のみならず、定期的にがんのスクリーニング検査を受けるようにしましょう。
表1:「市町村による科学的根拠に基づくがん検診」厚生労働省
種 | 検査項目 | 対象者 | 受診間隔 |
---|---|---|---|
胃がん検診 | 問診及び胃部エックス線検査 | 40歳以上 | 年1回 |
子宮頸がん検診 | 問診、視診、子宮頚部の細胞診及び内診 | 20歳以上 | 2年に1回 |
肺がん検診 | 質問(問診)胸部エックス線検査及び喀痰細胞診 | 40歳以上 | 年1回 |
乳がん検診 | 問診、視診、触診及び乳房エックス線検査(マンモグラフィー) | 40歳以上 | 2年に1回 |
大腸がん検診 | 問診及び便潜血検査 | 40歳以上 | 年1回 |
出典:厚生労働省:市町村のがん検診の項目について
以上のように、糖尿病はさまざまなメカニズムによってがんを発生させる可能性があります。一見全くタイプの異なる病気に思えても、がんと糖尿病は、切っても切れない関係性にあるのです。
「糖尿病は血糖値さえ上がらなければいい」と考えている人は多いでしょう。医師の中でも、そのように軽く考えている人は意外といます。(むしろ糖尿病だからと、がんを積極的に探しにいくのは、私のような消化器も専門とする一部の医師だけかもしれません。)
糖尿病または糖尿病予備群と指摘されたことのある方は、「たとえ何も症状が無くても」、「たとえ現在、血糖値のコントロールがよくても」、早期発見のために、がんのスクリーニング検査を定期的に受けることが重要です。