成長ホルモンは、子どもの成長期だけでなく大人になっても大切なホルモンです!
成長ホルモンは脳の下垂体から分泌されるホルモンのひとつです。軟骨、骨、肝臓、脂肪、筋肉、心臓、血管、腎臓、脳、リンパ球などに直接働きかけるか、またはIGF-Ι(インスリン様成長因子-Ι)という物質を作らせることで、体に大切な作用を及ぼします。
代表的な働きは成長促進作用と代謝調節作用です。子どもでは体の成長になくてはならないホルモンですが、大人になってからも体のさまざまな代謝調節に関わり、一生を通じて人の体になくてはならない大切なホルモンです。
年齢とともに成長ホルモンの分泌が少しずつ減っていくのは自然にみられる現象ですが、成人で脳腫瘍(下垂体腫瘍)など何らかの原因で成長ホルモンの分泌が損なわれる状態を成人成長ホルモン分泌不全症(AGHD)と呼びます。
成人の場合、代謝調節作用の障害によるさまざまな症状として現れますが、肥満や全身倦怠、女性の更年期障害の症状や単なる老化現象と間違われることもあります。
大人で成長ホルモンが長期に不足すると、典型的な例では疲れやすく、活気や活動性が乏しくなり、不安感、うつ傾向が生じ、何事も面倒になるといった精神症状(下表)が現れる他、血中のコレステロール値の上昇、体脂肪の増加、心血管系リスクの増大、骨密度の低下、脱毛、創傷が治りにくい、寒がりで風邪をひきやすく、それがなかなか治らない等の身体症状(下表)が出現します。
気力や持続力が低下し、うつ的にもなるため、他人からは"さぼり病"と見られがちです。しかし不足している分の成長ホルモンを毎日皮下に注射することによって、上記の症状が驚くほど改善することが少なくありません。
成人成長ホルモン分泌不全症(AGHD)の可能性のある方はどんな方?
主な原因は下垂体周辺の脳腫瘍によるもので、この部位に腫瘍がある人のうち、4人に1人が発症するといわれています。一方、全く原因のわからない場合もあります。以下にあてはまる人は、この病気の可能性があります。
大人で成長ホルモンが不足する原因は様々ですが、下垂体腫瘍とその手術後や、放射線照射後、下垂体近傍の腫瘍(頭蓋咽頭腫、胚細胞腫)、下垂体の肉芽腫、下垂体炎、Empty Sella、分娩時の大量出血による下垂体の壊死(シーハン症候群)、出生時の分娩異常などが主だったものと言われています。
診断のためには成長ホルモンの分泌を刺激する薬を投与し、その人に成長ホルモンの分泌能力がどのくらいあるのかを判定します。これを成長ホルモン分泌刺激試験といいます。
成長ホルモンの分泌能力を調べる検査で、検査薬を投与した後、きまった時間ごとに採血して血液中の成長ホルモンの分泌状態を調べます。
※重症成人成長ホルモン分泌不全症が疑われる場合はインスリン負荷試験あるいは、GHRP-2負荷試験をまず試みます。
成長ホルモン分泌不全性低身長症(AGHD)は、代謝調節の障害により身体や精神にさまざまな合併症が現れます。
成長ホルモンが不足するとコレステロールや中性脂肪など脂質の代謝に異常を来たすと共に、内臓脂肪が増えて、メタボリックシンドロームにも似た症状が現れます。また、成長ホルモンの不足は心臓や血管の機能にも悪影響を及ぼします。この状態を放置しておくと、狭心症や心筋梗塞、脳卒中などの心血管系疾患のリスクが高まります。
成長ホルモンは身長を伸ばす作用だけでなく骨量の維持にも大きな役割を果たしています。成長ホルモンが不足すると骨の代謝が障害されて骨粗鬆症に陥りやすく骨折する危険度が高まります。また、筋肉量の減少に伴って、運動能力も低下します。体力や気力が減退し、疲れやすい、気分が落ち込む、精神的に不安定になるなどの症状も現れます。また、発汗量が低下し皮膚が乾燥しやすくなります。
治療には、不足している成長ホルモン(GH)を補います。これを成長ホルモン補充療法と呼んでいます。海外では1990年代中頃から実施されており、その有効性が認められています。我が国でも2006年4月より重症の成長ホルモン分泌不全症の患者さんに対して成長ホルモン補充療法が認められ健康保険で治療が受けられます。
成長ホルモン補充療法では、ヒト成長ホルモン製剤と呼ばれる注射薬を1日1回自己注射します。必要量には個人差があるため投与量の調節が必要です。そのために主治医の指導のもとで血液検査と体調の変化に注意をしながら少量から次第に量を増やして最適な投与量を決めていきます。
注射方法は簡単で、生活の一部として組み込み健康な人と同じように日常生活を送ることができます。
成長ホルモン補充療法は、毎日夜、成長ホルモンを注射により補います。
注射器は成長ホルモンの薬剤があらかじめセットされており、針が細くて短い、痛みが少ないものが開発されています。
成長ホルモンの投与量は?
通常、開始用量として一週間に体重kgあたり0.021mgを6-7回に分けて皮下に投与します。
この開始用量から、あなたの臨床症状や血清IGF-I値をみながら、適切な投与量(維持量)になるまで、少しずつ調整していきます。
成長ホルモン補充療法を行うことで、成人成長ホルモン分泌不全のさまざまな症状の改善効果が期待できます。
成長ホルモン補充療法をはじめて数カ月から半年以上過ぎると、体調がよくなり活力や気力がわいてくるという意見が多くなります。不足しているホルモンを少しずつ補充し、体をホルモンが不足する前の状態にもどしているわけですから時間はかかります。
また、このような治療効果を得るためには、継続して治療を行うことが大切です。
体脂肪が減って体がひきしまる、皮膚が乾燥しにくくなるなどの他に、目に見えないところで動脈硬化の改善や骨を丈夫にするなど、一生を通して健康に生きるための状態にしているのです。
成長ホルモン補充療法は、基本的には副作用が少ない治療とされています。
しかし、治療にあたっては、いくつか注意しておきたいことがあります。
治療の初期に頭痛やむくみが起きることがありますが、多くの場合は一過性のものです。
成長ホルモンには血糖を上昇させる作用があるため、糖尿病の発症を懸念する方がいます。しかし、成人成長ホルモン分泌不全症に対する成長ホルモン治療は、足りていない分を補充するための治療であり、多くを投与するわけではありません。また、成長ホルモンはインスリンの分泌も上昇させるので、糖尿病になることはまれだとも言われています。血糖の上昇に注意しながら治療を受けましょう。
妊娠中の女性への成長ホルモン投与に関しては、現在のところデータはございません。
腫瘍の既往がある場合、成長ホルモンを補充することで、病気が再発するのではないかと心配される方がいます。しかし、現在まで成長ホルモン補充療法によって腫瘍再発の可能性が高まるという報告はありません。ただ、腫瘍の既往がある方は、定期的に受診し、経過を観察することが必要です。